あなたのブラウザに「日本の古本屋」検索を (リニューアル版)

古書検索サイト「日本の古本屋」が2015年1月19日に全面リニューアルされました。本を探すお客さんはこれまでと同様、あるいはもっと便利に使えるようになっていると思います。古本屋のほうはデータ形式の変更にアワを食い、新しい操作に戸惑い、四苦八苦しております。

さて、以前に『あなたのブラウザに「日本の古本屋」検索を』と題して、そのとおりの機能を紹介しましたが、今回の「日本の古本屋」全面リニューアルに伴ってURLが変更になり、そのままでは使えなくなってしまいました。そこで今回、新サイトに対応させたものをご紹介します。

Firefox の場合、まず以前の検索機能を追加していた場合は、それを削除します(図1)。検索バーのアイコンをクリックすると一番下に「検索バーの管理…」とあります。そこの中で古い「日本の古本屋」を削除します。

「日本の古本屋」の検索機能

図1: 選択肢に「日本の古本屋」

次のリンクをクリックすると、新しい検索機能が追加されます。

以上です。簡単でしょう? 使い方は以前の記事を参照してください。

Chrome の場合もほぼ同様です。上のリンクをクリックすると、次のような窓が開きます。2番めの「キーワード」は短くて覚えやすいもの—たとえば nh など—に変更しましょう。

検索エンジンの追加

図2: 検索エンジンの追加

使い方は、アドレスバー(上部のほうにある、URLや検索語を入力する欄)で、さきほどのキーワード(例では nh) と入力してスペースを押します。すると……

アドレスバー

図3: アドレスバー

あとはそこに検索語を入力して検索するだけです。

それでは、どうぞ新しい「日本の古本屋」をお楽しみください。

本の読む

数年前にななりますが、古本の市場で仕入れた本で、書名が「生命誕生の謎」だったか、古本屋の特権でちょっと読ませてもらった。読んで気がついたのですが、街で見かけるどの人もこの人も、犬も猫もすべての生物(DNAをもった生命)は、親からしか生まれてこないという事に。想像するに、ずっと前の世代は、農村の片隅で、あるいは魚を獲って、子供を育ててきたのではないでしょうか。そして、何千年何万年と命をつないできたのでは。

  DNAいのちをつないだ今をおもう

有言実行

 新年おめでとう!と挨拶を交わしていたというのに、気がつけば1月も早や半ばを過ぎてしまった。そんなお正月気分もすっかり抜けてしまった過日、親しい友人たちと遅ればせながら恒例の新年会を催した。どこにでもある新年会だが、一つ変わっているのは参加者全員が昨年自己申告した「私の目標2011」の成果を発表し、次いで「私の目標2012」を宣言することである。
 順番に昨年の成果を自己採点して発表していくのだが、さすがにというべきか、やっぱりというべきか、100点満点はいない。それもそのはず、彼氏を作る、陶芸を極めるといった目標の友人たちは、設定が甘い、とみんなから責められる。一方、海釣りをする、店は休まないと宣言した友人たちは、誇らかに100点満点!で拍手を受ける。かくいう私の目標は、本を三点出版する!であり、結果は33点。そう、なんとか一点は日の目を見たものの、もう二点は見事に企画倒れであった。
 「夏休みにすること」とノートに書かされた小学生から、「売り上げ○○円、○○資格取得」と自己申告用紙に書き込んだ社会人となっても、私たちはいつも目先の目標に追われていたような気がしてならない。サラリーマンを辞め古本屋のオヤジになったというのに、年に一度昔と同じようなことをしているのには笑ってしまうのだが、一つ違うのは、今やりたいことを楽しんでやることができる「夢」を語っていることだろう。
 さて、オヤジの今年の目標だが……お楽しみは1年後に。

登山と仕事量

いつも一緒に山に登る人で、同じ山に登るのに、私の荷の1.5倍はありそうなものを、背負ってくる人がいる。中身を見て「小物が多すぎるのじゃないの」と言うと、「人間が小物にできてるもので」と、意に介する様子はない。 登山を登山口から頂上まで(標高差H)、荷物と自分の体重(M)を、運んでいく仕事量として考えてみると  仕事量=H×M  大したことがなさそうな1Kgの荷物を考える。1Kgの荷物を標高差1,500mを上げるとすると         仕事量=1Kg×1,500m=1,500Kgm これは、1個15Kgのダンボール10個を、ビルの4F(高さH=10m)まで運び上げるのと同じ仕事量になる。       この事を、先の人に言ったとしても、「ふう~ん」と言って鼻から息を吐くだけで、次の登山の準備の時には、「やっぱり登山の楽しみは、まずウィスキーを入れて、ビールは大を1缶にしようか、つまみは、これとこれを入れて。夏山は日差しが強いから、日焼け止めをいれて、それから…」となるに違いない。かの人はさておき、心ある方は、登山と荷物の重さの関係を、参考にされんことを。

  夏山は、風ふきわたり、ひと休み                                                             

どこでも読書

待ち時間が好きです。といっても、手のかじかむ風がびゅーびゅー吹くようなところでとか、悪臭でひどく居心地の悪い場所などといったら論外です。それに、ものには限度もあります。ですからもちろん、過酷な状況ではなくて、病院や免許更新など、ちょっとした待ち時間が好き、ということです。

どうして好きかというと、読書ができるからです。他のことができるときは、それらをしてしまいます。本の整理やデータ入力、メールの返事、家事、庭や畑の仕事、お出かけ、などなど。畑があると、栗拾いやら草刈やら、トマトの収穫とか梅干しつくりだとか、そんなことにも追われたりします。出掛けた先でほかのことができない状態に陥ると、「やったー!読書の時間だ」となります。鞄には活字のものを常備してあります。このまえは、サンダーバード内でみすず書房から届いた「パブリッシャーズ・レビュー」創刊号と、「図書目録」2012年版をめくるだけで、長距離移動がものすごく楽しくなりました。

美容院なども格好の読書タイムです。あまりヘンなものは持って行かないように、と思ったものの、こちらがヘンかな、ヘンじゃないかな、という些細な違いは美容師さんにはたいして関係がないようです。とりあえず「こちらの方は読書好き」ということで、もう扱いにも慣れられて、「何を読んでいるのか」など訊ねられることもなくなりました。「読書家ですね」といわれると、お客様のみなさんを考えて、とてもわたしなど読書家に入らないとおもいながらも、「本に追われているんですよ」とこたえました。一応それは正確なこたえです。

きょうはどうしても急いで読み上げたい洋書がありました。このところ、朝、家人たちが起き出す日の出前に、辞書を片手に読んでいます。それでつづきを美容院で読みたかったのですが、辞書持ち込みまではよろしくないでしょう。辞書無しで読むことにしました。ちょっとわからないところがでてきます。一方隣の席では、なにやらダンス教室に通っているという話の中高年男性が、今月で町会の仕事もおわるのでこのあと公式の外出の機会もないからと、大胆なヘアースタイルチェンジを謀っているようでした。「ほんとにいいんですね?」「ええ。問題といったら、娘にバッカじゃないの、と言われるくらいでしょう、あはは」など楽しそうに、美容師さんと話し合いながらカットをすすめています。つまり、ここまでつい耳が話をひろってしまっています。髪型がどういうふうに変わっていくのかも、すごく気になりました。外の風景を見るふりをしてチラリ。読書のほうは、少しはページが進んだものの、集中できないまま時間が終了となりました。

ああ、これだったら美容院でしか手にとらないながら、楽しみにしている雑誌の「VERY」の熟読すればよかったなー! ああ、しかも今月は井川遙大特集だったのねー! しっぱいしっぱい、と、ややアホな後悔をしながら帰途についたのでした。

前髪も切りすぎでした。

スマートフォンやらタブレットやら



今日は古本の話題から外れて、最近感じたことなどをひとくだり。

さて、やれパソコンだ、ITだと世の中が大騒ぎしていたのは、もう10年以上も前のことになるのだろうか。
いまや時代はパソコンどころではなく、やれスマートフォンだ、タブレットだとやらを持ち歩かなければなりません的な時代になった様なのである。
かくゆう自分も、既にスマートフォンを持ち歩き始め、はや一年と数ヶ月を数えるに至っているのである。
先日、所用により東京に出掛けた時なども、いまだ北陸新幹線開通も先のこととて長時間を過ごす電車の中において、これほど重宝なものは無いなとつくづくと感じ入った次第なのある。

兎に角もこれ一台ぶら下げていれば、メールチェックやWebブラウジングは云うまでも無く、暇潰しにゲームなんぞも出来るし、近隣にお喋りな乗客でも乗り合わせることになれば、音楽プレーヤーとしてイヤフォンで両の耳を塞ぎ、耳障りな世間話などをスルーすることだってお茶の子さいさいなのである。
久々の東京に着いてしまえば、昼に何を食べようかなどと思い悩んでも、マップに付近のグルメスポットを表示させ、和食、フレンチ、イタリアン、中華にエスニックとなんでもござれ。
宿泊先への道順だってスムーズにご案内、途中に面白い光景でも見付けようものなら、内蔵のカメラでパチリと撮って、ツイッターやらFacebookに投稿して地元の友人とコミュニケーションを楽しむことなんかも出来る訳である。

でもね、こんなにどっぷりとスマートフォンに依存している自分でも、東京都内の電車に乗っている時に、一寸ぞっとする光景を目にしてしまったんだ。
それは何かと云えば、電車に乗っているかなりの部分の人々が、黙々と携帯電話やスマートフォンを操作しているところが眼に入ってしまうというもので、田舎暮らしで普段通勤で公共交通を利用したりしない自分にはやはりどこか馴染めない光景なのであった。
と云う訳で、帰路はスマートフォンを胸ポケットにしまい込み、東京駅でしこたま買い込んだビールやらツマミやらを嗜みつつ、車窓を流れる風景に眼をやりながらの旅路を楽しんだ訳である。

ああ、でもタブレットも欲しい。
だってスマートフォンの画面は小さすぎて老眼の進みつつある我々年代には辛いんだもん。
だが待てよ、そういえば先立つものも無いし、やっぱり使い慣れたノートパソコンが一番手に馴染むだよなぁなどと、ロートルは溜息雑じりに呟くのであった。

おしまい。

あなたのブラウザに「日本の古本屋」検索を

古書好きの方ならウェブサイト「日本の古本屋」をご存知でしょう。その名のとおり日本中の古本屋が掲載している在庫情報から、目的の本を検索して購入できるサイトです。

あなたのブラウザに、もっと手軽にこの「日本の古本屋」で検索できる機能を組み込むことができます(1)。次のリンクをクリックすると(2)、あなたのブラウザに検索機能が追加されます。

【追記: 2015年1月19日、「日本の古本屋」全面リニューアルにより、この記事で紹介したコードは使えなくなりました。リニューアル版の記事をご覧ください。】

使い方

Firefox を例にして、使用している様子を紹介します。 続きを読む

  1. ブラウザが OpenSearch に対応していること。Internet Explorer 8, Chrome, Firefox で確認しました。Safari では何らかのプラグインが必要のようです。
  2. クリックするまでもなく、このページを見ただけで自動的に追加されるブラウザもあります(たとえば Chrome)。

金沢一箱古本市

 毎月最終日曜日の午前9時を過ぎた頃、浅野川大橋の橋詰になにやら大きな荷物を抱えた人たちが、車で、自転車で、歩いて、やって来る。向かうのはその先の細い路地を入ったところにある、「一箱古本市」と書かれたのぼりが立つ小さなお寺だ。本堂の前の階段に腰かけているスタッフから「出店場所はクジ引きですよ」と声をかけられた両手に紙袋姿の若い女性が、あっ今日は境内だ、と声を上げその場所に座る。目の前には昔<駅弁>を売る時に使われたのと同じ大きさの箱が置かれ、その中に紙袋から取り出した文庫本や雑誌を並べていく。最後に彼女の店の屋号らしき看板を箱の前に貼り出す頃には、境内や門前の路地に本日の出店者たちの古本が詰まった箱が並び終え、お客さんがやって来るのを待っている。
 金沢の茶屋街の一つである主計町の裏通りにあるここ源法院で古本市ができないだろうか、と相談に伺ったのは3年前だった。「(お寺は)いろんな人がいつでもお参りに来て、お寺の中で仏さんのお顔を拝んで、みんなで好きなことをしゃべってもらうようにと、(本堂の)戸は開けてあります」と話してくれたTさんは、ここで加賀友禅の工房を構えている。「お参りにみえるのはお盆とか除けば、ふだんは檀家さんやご近所に暮らす人、ときおり物珍しげに覗きこむ観光のみなさんばかりです。たくさん人が来てくれたら仏さんも喜んでくれますよ」と快く快諾してくださった。
 こうして昨年の夏から始まった「一箱古本市」は、焼きたてのパンや珈琲、おはぎ、野菜が混じった一箱もあったりして、今では本好きのお客さんから近所の人まで気軽に足を運んでくださる。
 今、金沢の街中から昔のような賑わいがなくなって久しい。お仕着せのイベントよりも、一箱の古本を中心に、人と人の、人と街との新しい出会いがここ源法院から生まれるよう、ささやかだけどワクワクするこの「市」を続けよう。

【一箱古本市】
 2005年、東京は谷中・根津・千駄木(通称:谷根千)で始まった、自分の好きな古本を一箱持ち寄り一日店長として楽しむ市のこと。
 金沢では源法院(主計町1-6)参道にて、冬期を除き月1回開催しており、2011年は9月25日、10月30日の2回開催されます。

器としての本

たいへんな愛書家であるお客様から、最近上梓された著書を一冊いただいた。

本を手にとって開いたときの感触がとても心地よいので驚いた。布装ということだけではない。限定230部で、とても丁寧に作られたのであろう。

ふだん手にする本と何が違うのか、ちょうど手元にあったほぼ新品の本数冊と比べてみた。まず背の丸みの具合が絶妙である。それにページの開きがなんともなめらかである。表紙は、ミゾの幅が微妙に広く、これが開きやすさにつながっている。そして、本体のページには既に開きグセがゆるやかにつけてあるようだ。これは大部数発行される本にはみられず、そのためその本を開いてみるとギシギシするような感覚がある(それが自分のなかで「新品」という感覚に置き換わっていることに気がついた)。

一概に「本」といっても千差万別。使い捨てのように扱われるものから特装愛蔵本までみな「本」である。書かれている内容が料理ならば、装本は器のようなものだ。まず器で楽しませていただいた。これから料理をじっくりと味わうことにしよう。

和綴じの修理

ここ金沢では、藩政期に五代藩主前田綱紀公が、初代前田利家公の時代より愛好されてきた金春流から、宝生流へと流派を替えたことをきっかけとして、加賀宝生と呼び慣わされる位に栄えてきました。
宝生流の能楽は現在も市民の間で広く愛好されており、市内の公民館などでは宝生流の謡曲教室が盛んです。
そこで必要になってくるのが謡本ですが、これがいまでも昔ながらの和綴じ本(和装本)として販売されています。

宝生流謡本

ご覧のように和綴じ本(所謂四つ目綴じ)は4つの穴に綴じ糸を通して造本をする訳ですが、この綴じ糸が困ったことに実によく切れるのです。

綴じ糸切れ

今回は、一昨年の古書の日イベントでも講習会をしました綴じ糸の切れた和綴じ本の修理について書いてみたいと思います。
上の画像のように1箇所でも綴じ糸が切れてしまえばこれを繋ぎ直すのは無理なんです。
それは、綴じ糸が一本の糸で途切れることなく綴ってあるからで、無理に他の糸で繋ぎ直そうとしても、とても体裁の悪いものになります。
ここは思い切って、綴じ直しにチャレンジしてみましょう。
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