どこでも読書

待ち時間が好きです。といっても、手のかじかむ風がびゅーびゅー吹くようなところでとか、悪臭でひどく居心地の悪い場所などといったら論外です。それに、ものには限度もあります。ですからもちろん、過酷な状況ではなくて、病院や免許更新など、ちょっとした待ち時間が好き、ということです。

どうして好きかというと、読書ができるからです。他のことができるときは、それらをしてしまいます。本の整理やデータ入力、メールの返事、家事、庭や畑の仕事、お出かけ、などなど。畑があると、栗拾いやら草刈やら、トマトの収穫とか梅干しつくりだとか、そんなことにも追われたりします。出掛けた先でほかのことができない状態に陥ると、「やったー!読書の時間だ」となります。鞄には活字のものを常備してあります。このまえは、サンダーバード内でみすず書房から届いた「パブリッシャーズ・レビュー」創刊号と、「図書目録」2012年版をめくるだけで、長距離移動がものすごく楽しくなりました。

美容院なども格好の読書タイムです。あまりヘンなものは持って行かないように、と思ったものの、こちらがヘンかな、ヘンじゃないかな、という些細な違いは美容師さんにはたいして関係がないようです。とりあえず「こちらの方は読書好き」ということで、もう扱いにも慣れられて、「何を読んでいるのか」など訊ねられることもなくなりました。「読書家ですね」といわれると、お客様のみなさんを考えて、とてもわたしなど読書家に入らないとおもいながらも、「本に追われているんですよ」とこたえました。一応それは正確なこたえです。

きょうはどうしても急いで読み上げたい洋書がありました。このところ、朝、家人たちが起き出す日の出前に、辞書を片手に読んでいます。それでつづきを美容院で読みたかったのですが、辞書持ち込みまではよろしくないでしょう。辞書無しで読むことにしました。ちょっとわからないところがでてきます。一方隣の席では、なにやらダンス教室に通っているという話の中高年男性が、今月で町会の仕事もおわるのでこのあと公式の外出の機会もないからと、大胆なヘアースタイルチェンジを謀っているようでした。「ほんとにいいんですね?」「ええ。問題といったら、娘にバッカじゃないの、と言われるくらいでしょう、あはは」など楽しそうに、美容師さんと話し合いながらカットをすすめています。つまり、ここまでつい耳が話をひろってしまっています。髪型がどういうふうに変わっていくのかも、すごく気になりました。外の風景を見るふりをしてチラリ。読書のほうは、少しはページが進んだものの、集中できないまま時間が終了となりました。

ああ、これだったら美容院でしか手にとらないながら、楽しみにしている雑誌の「VERY」の熟読すればよかったなー! ああ、しかも今月は井川遙大特集だったのねー! しっぱいしっぱい、と、ややアホな後悔をしながら帰途についたのでした。

前髪も切りすぎでした。

スマートフォンやらタブレットやら



今日は古本の話題から外れて、最近感じたことなどをひとくだり。

さて、やれパソコンだ、ITだと世の中が大騒ぎしていたのは、もう10年以上も前のことになるのだろうか。
いまや時代はパソコンどころではなく、やれスマートフォンだ、タブレットだとやらを持ち歩かなければなりません的な時代になった様なのである。
かくゆう自分も、既にスマートフォンを持ち歩き始め、はや一年と数ヶ月を数えるに至っているのである。
先日、所用により東京に出掛けた時なども、いまだ北陸新幹線開通も先のこととて長時間を過ごす電車の中において、これほど重宝なものは無いなとつくづくと感じ入った次第なのある。

兎に角もこれ一台ぶら下げていれば、メールチェックやWebブラウジングは云うまでも無く、暇潰しにゲームなんぞも出来るし、近隣にお喋りな乗客でも乗り合わせることになれば、音楽プレーヤーとしてイヤフォンで両の耳を塞ぎ、耳障りな世間話などをスルーすることだってお茶の子さいさいなのである。
久々の東京に着いてしまえば、昼に何を食べようかなどと思い悩んでも、マップに付近のグルメスポットを表示させ、和食、フレンチ、イタリアン、中華にエスニックとなんでもござれ。
宿泊先への道順だってスムーズにご案内、途中に面白い光景でも見付けようものなら、内蔵のカメラでパチリと撮って、ツイッターやらFacebookに投稿して地元の友人とコミュニケーションを楽しむことなんかも出来る訳である。

でもね、こんなにどっぷりとスマートフォンに依存している自分でも、東京都内の電車に乗っている時に、一寸ぞっとする光景を目にしてしまったんだ。
それは何かと云えば、電車に乗っているかなりの部分の人々が、黙々と携帯電話やスマートフォンを操作しているところが眼に入ってしまうというもので、田舎暮らしで普段通勤で公共交通を利用したりしない自分にはやはりどこか馴染めない光景なのであった。
と云う訳で、帰路はスマートフォンを胸ポケットにしまい込み、東京駅でしこたま買い込んだビールやらツマミやらを嗜みつつ、車窓を流れる風景に眼をやりながらの旅路を楽しんだ訳である。

ああ、でもタブレットも欲しい。
だってスマートフォンの画面は小さすぎて老眼の進みつつある我々年代には辛いんだもん。
だが待てよ、そういえば先立つものも無いし、やっぱり使い慣れたノートパソコンが一番手に馴染むだよなぁなどと、ロートルは溜息雑じりに呟くのであった。

おしまい。

組合の市の現状とは?

皆様、今日は本を交換する組合の市のご紹介です。

市には、二通りの方法があります。まず、各山の封筒に札を入れて一番高い組合員が買える、入札方法。

それが終わると次に、振りがあります。出品された山をベテランの中座という振り手が、せりを仕切る方法です。それを組合員同士がせっていくわけです。せっていくとは、どちらへ?上と下が考えられますね。貴重な本なら上がっていくのですが、ほとんどは下へ?いくのです。なんとこの不景気で、なおさら下がっていくのです。考えられますか?

何人も欲しい組合員がいて、せり上がるのであり、いなければ中座としても下げざるをえません。中座は上げたいと苦心するのですが、どうしても、下がっていくのです。それでも売れない山があります。それは「出来ず」で終わり。紙くず同然です。

  このように本が安いのです。本屋は高く買い取って、高く売りたいのです。でも出来ないのがこのご時勢。その上、デジタルの波が押し寄せて来ている。まるで津波のように、本を押し流していく。ああ。これでは古本屋に未来はないのか?ところがどっこい、古本屋が扱うのは、本だけではありません。紙、皮、木、レコードなどがあり、あらゆる道具類もあります。ですからなんとか生きていくのです。でもこれって、道具屋かな?

あなたのブラウザに「日本の古本屋」検索を

古書好きの方ならウェブサイト「日本の古本屋」をご存知でしょう。その名のとおり日本中の古本屋が掲載している在庫情報から、目的の本を検索して購入できるサイトです。

あなたのブラウザに、もっと手軽にこの「日本の古本屋」で検索できる機能を組み込むことができます(1)。次のリンクをクリックすると(2)、あなたのブラウザに検索機能が追加されます。

【追記: 2015年1月19日、「日本の古本屋」全面リニューアルにより、この記事で紹介したコードは使えなくなりました。リニューアル版の記事をご覧ください。】

使い方

Firefox を例にして、使用している様子を紹介します。 続きを読む

  1. ブラウザが OpenSearch に対応していること。Internet Explorer 8, Chrome, Firefox で確認しました。Safari では何らかのプラグインが必要のようです。
  2. クリックするまでもなく、このページを見ただけで自動的に追加されるブラウザもあります(たとえば Chrome)。

金沢一箱古本市

 毎月最終日曜日の午前9時を過ぎた頃、浅野川大橋の橋詰になにやら大きな荷物を抱えた人たちが、車で、自転車で、歩いて、やって来る。向かうのはその先の細い路地を入ったところにある、「一箱古本市」と書かれたのぼりが立つ小さなお寺だ。本堂の前の階段に腰かけているスタッフから「出店場所はクジ引きですよ」と声をかけられた両手に紙袋姿の若い女性が、あっ今日は境内だ、と声を上げその場所に座る。目の前には昔<駅弁>を売る時に使われたのと同じ大きさの箱が置かれ、その中に紙袋から取り出した文庫本や雑誌を並べていく。最後に彼女の店の屋号らしき看板を箱の前に貼り出す頃には、境内や門前の路地に本日の出店者たちの古本が詰まった箱が並び終え、お客さんがやって来るのを待っている。
 金沢の茶屋街の一つである主計町の裏通りにあるここ源法院で古本市ができないだろうか、と相談に伺ったのは3年前だった。「(お寺は)いろんな人がいつでもお参りに来て、お寺の中で仏さんのお顔を拝んで、みんなで好きなことをしゃべってもらうようにと、(本堂の)戸は開けてあります」と話してくれたTさんは、ここで加賀友禅の工房を構えている。「お参りにみえるのはお盆とか除けば、ふだんは檀家さんやご近所に暮らす人、ときおり物珍しげに覗きこむ観光のみなさんばかりです。たくさん人が来てくれたら仏さんも喜んでくれますよ」と快く快諾してくださった。
 こうして昨年の夏から始まった「一箱古本市」は、焼きたてのパンや珈琲、おはぎ、野菜が混じった一箱もあったりして、今では本好きのお客さんから近所の人まで気軽に足を運んでくださる。
 今、金沢の街中から昔のような賑わいがなくなって久しい。お仕着せのイベントよりも、一箱の古本を中心に、人と人の、人と街との新しい出会いがここ源法院から生まれるよう、ささやかだけどワクワクするこの「市」を続けよう。

【一箱古本市】
 2005年、東京は谷中・根津・千駄木(通称:谷根千)で始まった、自分の好きな古本を一箱持ち寄り一日店長として楽しむ市のこと。
 金沢では源法院(主計町1-6)参道にて、冬期を除き月1回開催しており、2011年は9月25日、10月30日の2回開催されます。

デザインを変更します

ここ「石川の古本屋」のデザインを少し手直しすることにしました。

内容は変わりませんが、作業中は見えるべきものが見えなくなったりするかもしれません。本業のかたわら少しずつ手を入れていきますので、ちゃんとした形になるまでやや時間がかかります。ご不便をおかけしますが、なにとぞご了承ください。

器としての本

たいへんな愛書家であるお客様から、最近上梓された著書を一冊いただいた。

本を手にとって開いたときの感触がとても心地よいので驚いた。布装ということだけではない。限定230部で、とても丁寧に作られたのであろう。

ふだん手にする本と何が違うのか、ちょうど手元にあったほぼ新品の本数冊と比べてみた。まず背の丸みの具合が絶妙である。それにページの開きがなんともなめらかである。表紙は、ミゾの幅が微妙に広く、これが開きやすさにつながっている。そして、本体のページには既に開きグセがゆるやかにつけてあるようだ。これは大部数発行される本にはみられず、そのためその本を開いてみるとギシギシするような感覚がある(それが自分のなかで「新品」という感覚に置き換わっていることに気がついた)。

一概に「本」といっても千差万別。使い捨てのように扱われるものから特装愛蔵本までみな「本」である。書かれている内容が料理ならば、装本は器のようなものだ。まず器で楽しませていただいた。これから料理をじっくりと味わうことにしよう。

和綴じの修理

ここ金沢では、藩政期に五代藩主前田綱紀公が、初代前田利家公の時代より愛好されてきた金春流から、宝生流へと流派を替えたことをきっかけとして、加賀宝生と呼び慣わされる位に栄えてきました。
宝生流の能楽は現在も市民の間で広く愛好されており、市内の公民館などでは宝生流の謡曲教室が盛んです。
そこで必要になってくるのが謡本ですが、これがいまでも昔ながらの和綴じ本(和装本)として販売されています。

宝生流謡本

ご覧のように和綴じ本(所謂四つ目綴じ)は4つの穴に綴じ糸を通して造本をする訳ですが、この綴じ糸が困ったことに実によく切れるのです。

綴じ糸切れ

今回は、一昨年の古書の日イベントでも講習会をしました綴じ糸の切れた和綴じ本の修理について書いてみたいと思います。
上の画像のように1箇所でも綴じ糸が切れてしまえばこれを繋ぎ直すのは無理なんです。
それは、綴じ糸が一本の糸で途切れることなく綴ってあるからで、無理に他の糸で繋ぎ直そうとしても、とても体裁の悪いものになります。
ここは思い切って、綴じ直しにチャレンジしてみましょう。
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囲碁と組合せ

ある日、碁を打っていると、「さっきとは全然違う碁になるなあ」と敵さんはおっしゃる。確かに、十数手しか打ってないのに、まったく違った型になった。そこで、「組合せ」を考えてみる。盤上の一手目は、「星」「小目」など、5・6手あるだろうか。二手目は、一手目の対角線の隅或は平行線の隅など、十数手は考えられるか。話しを簡単にするために、一手打つのに選択肢が10手あるとすると、10手打ち進んだ時の「組合せ」の数は、10の10乗、なんと100億の組合せがあることに。実際はもっとありそう。況や、碁一局を考えると無限の組合せがありそう。過去にもあるいは未来にも、だれも打ったことのない碁を打つことになる。

 盤上の無限に遊ぶ碁好きたち

金沢駅に古書と新刊書の合同即売所

「本の広場」ポスター

「本の広場」は古書店4店と新刊書店1店による本の合同販売所です。金沢駅構内にあります。以前は「トレンド館」でしたが、現在は「あじわい館」で復活しています。

近隣には下記の便利な設備もあります。

■金沢駅自動交付機コーナー (友愛ショップ内)
住民票(写)、印鑑登録証明書が交付できます。
●利用時間/平日8:30〜19:00 (土日・祝日を除く)

■こどもらんど
親子のふれあいや、子育て相談もできるスペースです。
●営業時間/10:00〜16:00
●定休日 /月曜日 (月曜日が祝日の場合、翌日が休館)
     年末年始休業

古本のお好きな方は、どうぞお立ち寄りください。