ここ金沢では、藩政期に五代藩主前田綱紀公が、初代前田利家公の時代より愛好されてきた金春流から、宝生流へと流派を替えたことをきっかけとして、加賀宝生と呼び慣わされる位に栄えてきました。
宝生流の能楽は現在も市民の間で広く愛好されており、市内の公民館などでは宝生流の謡曲教室が盛んです。
そこで必要になってくるのが謡本ですが、これがいまでも昔ながらの和綴じ本(和装本)として販売されています。
ご覧のように和綴じ本(所謂四つ目綴じ)は4つの穴に綴じ糸を通して造本をする訳ですが、この綴じ糸が困ったことに実によく切れるのです。
今回は、一昨年の古書の日イベントでも講習会をしました綴じ糸の切れた和綴じ本の修理について書いてみたいと思います。
上の画像のように1箇所でも綴じ糸が切れてしまえばこれを繋ぎ直すのは無理なんです。
それは、綴じ糸が一本の糸で途切れることなく綴ってあるからで、無理に他の糸で繋ぎ直そうとしても、とても体裁の悪いものになります。
ここは思い切って、綴じ直しにチャレンジしてみましょう。
用意するものは針と糸、それにハサミだけです。
糸は洋裁店に綴じ直す和綴じ本を持って行って、似た感じの糸を探すと良いでしょう。
店員さんに訊いてみるのも手っ取り早くていいかもしれません。
今回の糸は、確か刺繍用の糸だったと思います。
針はとじ針No.18と書いてありますね、洋裁のことは良く判らないので、これも店員さんに訊くなりして糸の太さに合わせて選んで下さい。
さてそれでは始めましょう。
先ず初めに切れた糸を潔く全て外して下さい。
後の手順を見ていただければ判ると思いますが、1箇所だけ中で結んである穴がありますので、そこだけ取りにくくなっていますが、無理に力を入れず順番に外していけば大丈夫だと思います。
さて、古い糸が全部外れたら今度は新しい綴じ糸の長さを決めなければなりません。
綴じ糸の長さはどの位あればいいのかというと、上の様に綴じる本の縦の長さの約4倍の長さがあれば充分に綴じていけると思います。
今回の謡本の様に、薄い本ですと3.5倍もあれば大丈夫かと思いますが、厚みのある本の場合は、4倍以上必要な場合もありますので本の厚みによって調整が必要です。
余りギリギリの長さですと最後の結びの作業がやり難くなりますので、最初は少し糸の長さに余裕を持たせて作業をした方が良いと思います。
糸の長さを決めてハサミで切ったら、糸の片側をやや大きめの玉結びにします。
玉結びが小さいと、和紙をくぐらせた時に玉結びが抜けてしまう場合がありますので、大きめに作った方が良いかと思います。
糸の反対側の端を針穴に通して作業準備完了です。
もちろん手順として玉結びと糸通しはどっちが先でも構いません。
片手でカメラを構えているので、ブレた画像が多くなり、お見苦しいかと思いますがご容赦下さい。
さて針と糸の準備が整いましたので、いよいよ綴じていきます。
先ず綴じ穴のある側から表紙をめくって、表紙の直ぐ下の本紙の本来の4つある綴じ穴のうちのいずれかひとつを選び、その直ぐ脇に針を通して、紙の裏側に針が出たら、そのまま針先を本来の綴じ穴にくぐらせます。
針を通し終えたら、糸を引いて玉結びでしっかりと糸留めが出来たか確認します。
もし、抜ける様でしたら玉結びをもう少し大きくするか、別の穴を試してみて下さい。
次に、先程めくり上げた表紙の穴に針を通していよいよ綴じ始めていきます。
下の本紙の糸を通した穴に対応した場所の穴に針を通すのはもちろん云うまでもありません。
綴じていく順番は特に指定はないのですが、一番最初は同じ綴じ穴の裏側に針を通して、本の背を短く巻き付ける様にしてしっかり固定してから、次の綴じ穴に向かっていくのがよいかと思います。
次の綴じ穴に縦に飛んだら再びそこで背を巻くように同じ穴を綴じた方が、綴じている最中に縦糸が弛みにくい様です。一番上と一番下の穴では背だけではなく、本の天と地も巻き込みますので抜かさない様に注意して下さい。
最初の綴じ穴のところまで戻ってきたら糸綴じは完了です。
最後の処理をする前に綴じ忘れた所がないか、糸の張りが均等かを確認して下さい。
綴じ忘れがあった場合は一度糸を針から外し、綴じ忘れがあった所まで解いていき、再度針を付けて綴じ直して下さい。
糸の一部が弛んでいた場合も解いて綴じ直すか、緩みを順番に先に送っていくかして修正をして下さい。
糸の張りは、強からず弱からずの適度な張りが良いのですが、これは何度か試してみるしかないでしょう。
特に厚みのある本の場合、糸を強く張り過ぎると、ボンレスハムみたいに糸が喰い込んで、見栄えも悪くなりますし、紙にもよくないと思います。
最後に綴じ終わった部分の処理をします。
先ず綴じ穴から交差する2本の綴じ糸に画像の様に針をくぐらせます。
針を通し終え糸を引いてゆくと、糸の輪が出来ますのでそこに更に針を通していきます。
通した糸を強く引いて結びます。
これで糸を切って終了では、結び目が表から見えてしまいますので、体裁良く見せるためのもう一手間。
更に結び目を作った綴じ穴に、結び目を作った側から針を刺し、糸を反対側に通します。
通し終わった糸を強く引きますと、裏側の結び目が綴じ穴の中に引き込まれて表から見えなくなります。
これで本当に最後です。
糸を引き続けながら、表紙すれすれの所で糸を切ります。
この時も糸を引きながら切るのがコツになります。
切り終わると引っ張られた糸の先端は、綴じ穴の中に引き込まれて外からは見えなくなります。
これで、どこから綴じ始まってどこで綴じ終わっているのかも判らない綺麗な和綴じの完成です。
慣れればものの数分で1冊を綴じ終えることが出来ます。
神田で丁稚奉公の時代は、一日中この作業をやっていた時がありましたっけ。
どうですか、皆さんもチャレンジしてみませんか?
いちから和綴じの製本をするのと違い、和綴じの修理は綴じ穴も開いている状態からですので、手軽に挑戦出来ると思いますよ。
では、今日はここまで。
父親から譲り受けた謡本に多数の糸切れがあり、自己流で修理していました。
最初の針を入れたところと最後のところが大変参考になりましたので、早速やってみようと思っています。有難うございました。
少しでも参考になったのであれば幸いです。
何かご質問がございましたら、こちらにコメントして頂ければと思います。
今後とも石川の古本屋をよろしくお願い申し上げます。
詳しく写真入りで紹介くださり、大変参考になりました。 一年前から謡を始めた国分寺に住む62歳の男性ですが、先輩から頂いた謡本がたくさんありまして、それを今回、使おうと思ったら、綴じ糸が切れているのがたくさんありました。糸を探して手芸店に行ったところ、店員さんが製本用具が東急ハンズで買えると教えてくださり、その足で新宿の東急ハンズに行ったところ、買うことができました。これで先輩の古い謡本も活用でき大変うれしく思います。周りの人にも教えてあげようと思います。
石川県には生憎行く機会は、現在はありませんが、お礼申し上げます。有難うございました。
お役に立てたなら幸いです。
これからも石川の古本屋をよろしくお願い致します。
とても古いお経本があるのですが、表紙(表、後とも)がボロボロで、表紙のみとりかえたいのですが、石川県で表紙を取り替えて修理していただけるお店があったら教えていただきたいです。(できれば七尾市で)和綴じしてあるものです。
吉野様、お問い合わせありがとうございます。
石川県内で和本の表紙を修復してくれる製本屋さんというのはないのではないかと思います。
一度、仏檀店にご相談なさってみてはいかがでしょうか。
お初にお目にかかります。本の修理をこちらのサイトを拝見させて頂きまして場違いなお願いなのですがご連絡させて頂きました。それと言うのも、100年ほど前の古い洋書なのです。読もうにも今にも壊れそうで、どうにか読める形にしていただけないかと思うしだいでございます。もし、どこかで洋書の修理を行っていらっしゃる方にお心当たりがございましたら教えていただけないでしょうか?よろしくお願い申し上げます。
橋本様、お問合せありがとうございました。
洋本の修理は中々難しいものがありますね。
金沢では洋本の修理を専門に行っている方はほとんど承知致しておりません。
「洋本 修理」などで検索してみましたところ、こんな製本工房グループのページに行き当たりました。
ただし私はこの方々を存じ上げませんので、費用や修理方法など慎重にお問合せになった方がよろしいかと思います。
ご参考になれば幸です。
http://bookbinding.jp/clstudio.html